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プラウト式中小零細企業救済法とは?

  「冗談じゃない! この世知辛いご時世に、そんなバカ高い給料を払えるもんか!」

 そんな経営者たちの悲鳴が聞こえてきそうな数字ではある。しかも悩ましいことに、こうした最低賃金の引き上げにもっとも強硬に反対するのは、いまや史上空前の利益を上げ続けるまでになったトヨタやキャノンなどの勝ち組大企業よりもむしろ、日本商工会議所に集結するような中小零細企業の経営者たちであり、彼らを無視しては、決してこの『GDP連動式最低・最高賃金法』を実効的に導入することなどできないという点こそが、他の二原則に比べ、この原則の実行がもっとも難しいと思われる理由の一つなのである。

 どうにかして、彼ら中小零細企業に負担をかけさせる事なく、この原則を実行する方法はないものだろうか。それを考える前にまず、一体なぜ彼ら中小零細企業の経営がこんなにも苦しいものになってしまったのかを考えねばなるまい。

 大別すると、その理由は概ね次の二つとなるだろう。

⑴「コスト削減」の大号令のもと、元請け大企業から執拗に仕掛けられる下請けイジメ。

⑵中国をはじめとする発展途上国からの、格安の輸入品攻勢。


 このうち⑴については、他のプラウトニ原則の徹底実施により、かなりな程度まで状況を緩和させることが期待できる。なにしろ『独占強制分割法』により、いかなる大企業もある特定の産業を寡占することが不可能な状況になっているのだから、たとえ元請け企業Aからなんらかの無理難題を吹っかけられたとしても、「ならライバルの元請け企業Bに乗り換えてやる!」ということが、その頃には現在よりもはるかにやりやすい環境になっているはずなのである。

 また、例えば「東証一部上場、従業員数五〇〇〇名の大企業」などといっても、その多くは配下の下請け・孫請け企業までもが従業員数にカウントされているのが実態なのだから、それを逆手に取り『従業員株式保有制』の枠内に下請け・孫請け企業までもが入り込み、元請け企業の、株主総会での投票・発言権や株式配当受給権を確保しておく、という方法も考えられる。

 それでも足りなければ『下請け・孫請け企業従業員最低賃金保障法(下請け・孫請け企業で雇う従業員の最低賃金は、その契約内容に関係なく、全て元請け企業で負担しなければならない! とする法律)』の制定とか、あるいは労働組合ならぬ『中小企業組合』(これは独占強制分割法との兼ね合いが難しいのだが)の結成促進とかいった方法が考えられるが、いずれも国内法で解決できる問題であり、敵大企業の妨害さえ撥ね退けられれば、実施はそれほど難しいものではないだろうと楽観できる。

 問題は⑵の「格安輸入品」のほうで、これこそまさに現代のグローバライゼーションの問題とも直結する、今もっともホットな課題ともいえるであろう。(続く)

GDP連動式最低・最高賃金法

 前回までに私が紹介した『プラウト三原則』のうち、①の『従業員株式保有制』については、外資からのM&A攻撃に怯える中堅企業などからは、むしろ歓迎される制度であろう。また②の『独占強制分割法』についても「競争と公正を重んじる」という新自由主義の建前から見て(本音はどうあれ)正面きっての反対は難しいものと思われる。

 だが今回私が紹介する『プラウト三原則』の最後の一つである③『GDP連動式最低・最高賃金法』は、これまでとは違い、もっとも激しい反対の予想される、導入の難しい制度であり、同時にもっとも切実に導入の望まれる、緊急性の高い制度でもあるのである。

 「最低賃金法? それだったら今の日本にも、他の先進国や発展途上国にすらちゃんとあるじゃないか」そういうツッコミがすぐに入るだろうことは容易に想像できる。だがラビ=バトラ博士は、その著書のなかでこう何度もはっきりと断言しておられる。

 「今の先進国や発展途上国の多くで規定されている最低賃金は、全体的にあまりにも低すぎる」と。

 ではプラウトでは、一体どの程度の最低賃金がもっとも適切だと考えているのだろうか。

 その具体的な計算方法については、残念ながら経済学の専門家でなければ理解できないような煩雑なものであるらしく、現在までに日本国内で出版されているラビ=バトラ博士の日本語版一般書では、肝心の数式部分が全て省略されてしまっている。だが最低賃金について解説された地の文から推測する限りでは、おおよそ次のような原則があることまではどうにか理解できるのである。

⑴それは最もレベルの低い、非熟練肉体労働者でさえもが生活を維持できる最低必要条件を満たせるものでなければならない。

⑵その最低必要条件とは「衣・食・住・教育・医療」の五条件である。

⑶その最低必要条件のレベルは、国または地域によって異なる。

⑷ゆえに国または地域全体の生産性が向上すれば、それに連動して最低必要条件のレベルも向上していかねばならない(すなわち『GDP連動式』というわけだ)。

⑸この最低必要条件レベルの富が全国民に分配された後の余剰部分の富は、個人の社会に対する貢献度に比例して配分される。その最高限度額は、大体最低必要条件レベルの十倍程度である(ゆえに『最低・最高賃金法』なのである)。


 ちなみに、いま仮に日本のGDPを五二〇兆円ちょうどとし、日本の労働力人口を六七〇〇万人ちょうどとして、前述の諸条件をもとに私が独自に計算してみた数式によれば、現在の日本において、労働者ひとりが本来保障されるべき最低年収は、三五六万八三六五円であるという結果がでた。これは額面上の数字だから、実際には税金やら保険料やらが天引きされ、労働者の手元に残るのはせいぜい二五〇万円程度になってしまいはするのだろうが、それでも仮に正規労働者の年間総労働時間を二千時間とすれば、時給に換算すれば手取りで一二五〇円。現行の法定最低時給七九三円(東京都の場合)よりも、はるかに高い水準になることがお分かりいただけるであろう。(続く)

要は公正取引警察の権限だ!

 勿論これだけでは、大企業による市場独占の問題を解決できるわけでは全然ない。

 まず市場規模がどの程度以上の商品に対して先のルールを、それもどの程度適用すべきかという問題があるし(例えば東京の大田区には、冷蔵庫の製氷皿に関するシェアで全国の七五%を占めている、などという町工場が実在するが、まさかそんな零細企業に先のルールを適用するわけにはいくまい)、さらには業種分類の線引きをどうするか(例えば銀行・生保・損保・証券の各業界はそれぞれ別の市場と捉えるべきか、あるいは全て「金融業」としてひと括りに捉えるべきか等)、市場独占以外の様々な不公正競争(抱き合わせ販売など)にどう対処するか等等、要するにザル法といわれる現在の独占禁止法や、あるいはそれより遥かに厳格ながらも、百年以上に亘って果てしなく大企業とのイタチゴッコを続けているアメリカの反トラスト法などと同じような問題をこの『独強法』も抱えていると言えるのである。

 とはいえ、真に重要なのは法律の条文よりもむしろ公正取引警察の権限のほうだろう。

 たとえ法律にどんな不備があり、あるいはその抜け穴をかいくぐるような脱法的企業がどれほど跳梁跋扈しようとも「……その他総合的に見て、市場の公正な競争を損なう恐れがあると判断し得るあらゆる一切の行為に対し、公正取引警察はそれを禁止または排除するよう、あらゆる強制力を行使することができる」という一文を法律の中に入れておきさえすれば、あとは公取側の裁量次第でどうにでも措置することが可能なのだから。

 そしてここが最も重要な点なのだが、新自由主義者どもは、この『独強法』に対し、正面きって反対することは決して出来ないはずなのである。なんといっても「民間企業同士による公正な市場競争」こそが新自由主義最大の眼目であり、この制度は単にそれを建前どおり厳格に実現させよう、と主張しているに過ぎないものなのだから。

 もちろん実際には「国際競争力」やら何やら、様々な屁理屈を持ち出してきては彼らはこれに反対するだろうことは十分に予測できる。だが彼らの大義名分を奪うという一点においてプラウトは、「何でもかんでも公営に戻しさえすればいい」と言わんばかりの馬鹿サヨクどもの主張などより、遥かに強力な攻撃力を確かに持っているのである。

(続く) 

新自由主義者も決して反対できない『独占強制分割法』

 具体的な例を挙げてみよう。

 広告代……いや違った(笑)某産業分野の企業間シェア配分が、例えば次のようになっていたとする。

業界一位……A社二五%
同二位……B社一三%
同三位……C社一二%
同四位……D社一〇%
同五位……E社九%

 これでは業界上位五社のシェア合計は六九%と、軽く過半を超えてしまうことになり、即座に公正取引警察の手が入ることになるであろう。そしてまず業界第一位のA社が強制企業分割を強いられることになる。

 何を基準に分割するか。例えば地域別に分ける(例JR)、あるいは業務内容別に分ける(例NTT)など様々な方法が考えられ、実際には各企業ごとに臨機応変に対応することになると思われるが、最低限これだけは必ず守らなければならない原則として、例えば次のようなものが考えられる。

① 分割されたどの企業も(元の業種分類に基づいて)必ずシェア一〇%未満となるように調整されなければならないこと。
② 分割されたどの企業も、なるべく同程度の規模となるよう、またその後の未開拓市場もなるべく均等になるよう配慮しなければならないこと(本州三社と三島会社の間で大きな企業格差があるJRのようなやり方はダメ! ということ)。

 以上の原則に基づけば、例えばA社には次のような強制分割が行われることになる。

⑴Aa社(シェア九%)
⑵Ab社(シェア八%)
⑶Ac社(シェア八%)

 そして改めて業界順位を並べなおすと次のようになる。

一位……B社一三%
二位……C社一二%
三位……D社一〇%
四位……Aa社九%
同四位……E社九%

 これだとシェア合計は五三%となり、まだ過半を超えていることになる。そこで次は業界新一位のB社を次のように強制分割する。

⑴Ba社(シェア七%)
⑵Bb社(シェア六%)

 そして業界新順位は次のようになる。

一位……C社一二%
二位……D社一〇%
三位……Aa社九%
同三位……E社九%
五位……Ab社八%
同五位……Ac社八%

 これで上位五社のシェア合計は四八%となり、ようやく過半数を下回ることになるわけだ。

 なぜこんな回りくどいやり方をするのか。それは大企業同士が闇カルテルを組んで自企業のシェアを作為的に調整し、誰も独占強制分割法(独占禁止法改め)に違反していないかのように見せかける談合行為を防ぐ効果があるからだ。

 国家間の同盟関係もそうだが、およそ本質的に競合関係にあるもの同士の協定だの連携だのといったものが機能しうるのはせいぜい「三国同盟」までであり、参加者が四を超えた途端にどんな盟約も有名無実化してしまうのは人類の歴史が指し示しているとおりである。

 そしてこのやり方なら、例え談合企業間だけで意識的にシェアを低く抑えていても、他の企業のシェア次第でいきなり『独強法(独禁法改め?)』違反の捜査が入ることもありえ、談合自体を無意味にさせてしまうことが可能なのだ(同時に、自企業単独でいくらシェア一〇%を超えていようとも、業界第二位以下の企業が極端に弱すぎる一人勝ち状態のときには『独強法』違反にならない可能性も高いため、企業が違反を恐れるあまり萎縮し、事業拡大を自主規制してしまうといった事態も防ぐことができる)。

2 独占強制分割法と公正取引警察

(問四)「従業員株式保有制」により、確かに一つの企業の内側は民主化されるかもしれない。だがその企業が例えばマイクロソフトのような寡占企業だった場合、その企業の外側が受ける抑圧は逆にますますひどくなるのではないか?

(問五)そもそもこの制度では、恩恵を受けるのは継続的に株式を保有できる従業員すなわち正社員だけだ。現在の格差社会はむしろパート・アルバイト・派遣労働者といった非正規社員の増加が原因だし、そもそも「株式会社」ではない自営業・有限会社・合資会社・合名会社等の従業員はどうなるのだ?

(答四・五)この二つの疑問に対しては、プラウト三原則の残り二つ「独占強制分割法と公正取引警察」「GDP比例式最高・最低賃金法」がそれぞれ対応する答えとなるだろう。

 まず問四について。名古屋におけるトヨタの下請けイジメの酷さ一つを見ても分かるとおり、いくら一つの企業内が民主化されても、その企業がシェアの八割も九割も占めるような寡占・独占企業だったのでは、その企業自体が専制君主と化してしまうのはおっしゃる通りである。「従業員株式保有制」が有効に機能するためには、その企業が、常に市場競争の荒波のなかにモミクチャにされていなければならないのだ。

 そこで登場するのがプラウト三原則の中の二つめ「独占強制分割法と公正取引警察」なのだが。

 勘の良い読者の方ならすぐに気付かれたことだろう。「独占強制分割法」とは「独占禁止法」の、「公正取引警察」とは「公正取引委員会」の、それぞれの拡大強化徹底版なのである。

 先々月(註:2007年当時)の当会のフォーラムフォーラムで水島愛一郎先生が語っていたとおり、アメリカのSEC(証券取引等監視委員会)は日本のそれと違い、検察と同じような逮捕権や強制捜査権まで認められた、非常に強力な組織なのだという。

 だがプラウトで唱える「公正取引警察」はそれよりもさらに強力で、なんと企業分割の強制執行権まで付与されているのである!

 すなわち現在のアメリカ(もちろん日本も)のように独占の疑いのある企業をまずSECが司法に訴え、反トラスト法違反であることを立証した後にようやく裁判所の企業分割命令を受ける、というような迂遠なものではない。「この企業は独占だ」と公正取引警察が判断したが最後、行政命令ひとつで有無を言わさずその企業を強制的に分割させることができるのである。そしてもし企業側がその分割を「不当だ」と感じるのなら、裁判に訴えて自らの潔白性を証明しなければならない、すなわち企業側に無罪の挙証責任を負わせる(推定有罪!)という、驚くべき制度をプラウトは提示しているのである。

 もちろんこれほど強大な権限を付与する以上、「公正取引警察」の独立性と中立性は、現在のSECよりもはるかに徹底したものにならなければならないだろう。また何をもって「独占」とみなすのか、その基準は誰にでもすぐ分かるような単純かつ明示的なものでなければならない。

 その基準とは何か。ラビ=バトラ博士は、次のような規則を唱えておられる。

 すなわち「各産業分野における上位五社のシェア合計が五〇%を超えるとき、その中でシェア上位の企業から順番に(上位五社のシェア合計が)五〇%未満になるまで、必要最低限の分割を繰り返す」というものである。

 (続く)

「寡占の民」は「官」に等しい!

※前回まで使用していた「従業員株式所有制」という用語は「従業員株式保有制」の間違いでした。お詫びして訂正します。

 前回私が紹介した「プラウト」三原則の一つ「従業員株式保有制」について、次のような疑問がよせられたので順を追って回答してみたい。

(問一)従業員が自社株の過半を保有するといっても、その元手には莫大な資金が必要なはず。そんな大金をお前は一体どこから持ってくるというのだ?

(答一) ストックオプション制度を応用すれば良い。つまり株式の時価に関係なく、あらかじめ定められた価格で全ての新入社員が新規発行株式を購入するよう義務付けるのだ。そして代金は、その社員の給与から何年間かかけて引き落とすようにすれば良い。もちろん最初のうちは、全社員が必要なだけの株式を購入する資金を提供するための無利息融資制度を公的機関で作る必要はあるだろう。


(問二)たとえ「従業員株式保有制」が実現したとしても、その株式を一部の従業員、例えばワンマン社長一人だけで独占したりしていたのでは、従業員に利益が行き渡らないのではないか。

(答二)おっしゃるとおり。そのためにこそ社員株は必ず全社員が分散して保有しなければならず、しかも一人あたり最大株式保有者と、最小株式保有者との持ち株数の格差は必ず十倍以下となるような規定を作らねばならない。またこれに伴い、社員株は株式市場では自由に売買できず、その社員が退社するときに初めて時価で売却できることや、新たに株式会社を立ち上げるときには、必要な役員の数を現在の会社法で定められている八人以上から十一人以上に増やすこと(何人も一人で五十%を超える株式を持てないようにするため)などの規定も必要になるだろう。

(問三)そもそも「日本式経営」自体、バブル崩壊以降は全く通用しなくなった時代遅れの経営システムじゃないか。そんなものに今さら「制度的裏付け」を与えて、それが一体何になるのだ?

(答三)色々批判はあるにせよ、現在もなお数少ない勝ち組企業として生き残っているトヨタとキャノンは、いずれも終身雇用制を維持し、株主への配当を常に後回しにしている「日本式経営」の実践者であることを見逃してはならない(逆に終身雇用制を捨て、能力別賃金制などを採用した企業は、富士通のようにことごとく失敗している)。バブル崩壊とその後の「日米経済再逆転」は、あくまでも日本経済最大のウィークポイントであった金融業をアメリカに狙い撃ちされたことが原因であり、日本式経営そのものがダメになったわけでは全然ないのである。

(続く)

お詫び

 またもや先週金曜日の更新をすっ飛ばしてしまいまして申し訳ありませんでした。

 次回は、改めて今週の金曜日から更新を再開させていただきます。

 まだ過去記事の再分類についても、少しずつ始めさせていただきますので、もうしばらくお待ちください。

①従業員株式所有制

 言うまでもなく現代世界における大株主とは、そのほとんどが大企業や富裕者、そして彼らの信託を受けた投資ファンドである。

 先に紹介した報道ステーションの問題意識も、突き詰めれば「いくら企業が業績を上げても、その利益は全て企業の所有者である株主(=大企業や富裕者)に持っていかれ、実際に現場で汗水たらして働いている従業員へはほとんど回ってこない。しかもそれは、資本主義の理論上はなんの問題もない」という点にあり、この閉塞状況に風穴を開けようというのが前回挙げたプラウト三原則の①『従業員株式所有制』である。

 つまり「あらゆる全ての企業の株式の、少なくとも過半数は必ずその企業に勤める従業員が所有しなければならない」というルールを徹底させようというのだ。

 常に外資によるM&Aの影に怯えなければならない現代の日本企業にとって、これほど有難い制度は他にないのではないだろうか。なにしろ自社の株式の過半は必ず自社の従業員で押さえてしまえるのだ。こんなに信頼できる安定した株主は他にいないし、M&Aである日突然経営権を奪われる、などという恐れもこれでほとんどなくなる。

 従業員にとってもこれは有難い制度だ。なにしろ株式の配当の過半は自分たちの元へと還元されるのだから、人件費がいくら抑圧されようとその分は配当で取り戻せる。しかも一応は株主なのだから自社の経営にも口出しできるし、何より自社の業績がそのまま自らの収入に直結するのだから、これほど勤労意欲を湧き立たせやすい制度も他にあるまい。

 そして我々保守左派にとっては、実はここが最も重要な点なのだが。

 先に紹介した80年代保守派文化人どもの日本人の企業観批判に対する、極めて明白な回答にこの制度がなっているという点である。

 彼らは「会社は従業員のもの」という日本人の企業観が勘違いだという。だがもし従業員自身が最大の株主になったとしたら? 

 先の日本人の企業観に、制度的裏付けを与えることになるではないか! 

 「プラウト」自体は、あくまでもインド原産の思想である。だがその内容には、意外にも我々日本人にとって、極めて馴染みやすいこうした提案が随所に見受けられるのである。(続く)

PROUTの三原則

 ラビ=バトラ博士は、「資本主義に代わる新たな経済システム」として提唱している自らの経済学を「Progressive Utilization Theory」略して「PROUT(プラウト)」と呼んでいる。日本語に直訳すれば「進歩的活用理論」となるが、これでは何のことか分からないし、この言葉だけでなんらかの経済体制をイメージできる方はほとんどいらっしゃらないと思う。

 実際、ラビ=バトラ博士の全著書を読破したとしても、この理論の全体像を把握することはほとんど不可能だ。なにしろこの理論、基本的にはあくまでも経済学でありながらその考察対象はきわめて広く、教育論から医療論・農業論・科学技術論はては宗教論にまで及んでしまうという、とてつもなく浩瀚なものなのだから。

 とはいえ、その中心を成すものはやはり経済理論であり、私の見たところ、その核は次の三つの原則に集約されると考えられる。
すなわち、

① 従業員株式所有制
② 独占強制分割法と公正取引警察
③ GDP比例式最高・最低賃金法

この三つである。

 「格差社会」が何かと問題視される現在と違い、キリスト暦80年代なかば頃までの日本ではむしろ保守派文化人連中が「日本は格差がなさ過ぎる。もっと貧富差を広げるべきだ」と嘆くのがごく当たり前の風景だった(もっとも、保守派文化人そのものの絶対数が少なかったため、世論を形成するまでには至らなかったが)。

 その頃の保守派による現代日本批判の典型的なものの一つに、こういうものがある。

 「日本人はそもそも『所有権』という言葉の意味も、資本主義という経済システムの本質も分かっていない。企業とは本来、それを運営するために金を出した者、すなわち株主の持ち物に決まっているのに、前近代的な(バカ)日本人どもときたら、まるでそれが従業員の持ち物でもあるかのように勘違いしておる」

 純理論的に言えば、確かにこの批判は正しい。そしてこの保守派文化人どもの願いどおりに実現した「正しい資本主義」が、現在の株主至上主義経営(どんな手段を使おうと株主を儲けさせる経営が正しい!)である。

もっとも信頼できる株主候補

 確か5月15日(註:2007年当時)前後だったと思うが。

 テレビ朝日の報道ステーションで、近頃の「実感なき景気回復」に関する特集が組まれていた。

 曰く「先の会社法改正による三角合併解禁などもそうだが、最近投資ファンド、中でも特に外資系のそれによる日本企業のM&A(敵対的買収)がますます激しくなってきている。そのため近頃ではどの日本企業も株主への利益配当を大幅に増やし、少しでも安定的な個人株主を数多く確保する事によってこうした買収攻勢から自社を防衛しようとしている。最近、『史上最長の景気回復』だ何だと言われながら、我々(?)庶民にはちっとも好景気の実感が湧かない原因の一つはこれだ」。

 すなわち、せっかく企業が業績を回復しても増えた利益のほとんどは株主への配当にまわってしまい、人件費への上乗せはほとんどなされないでいる、ということらしい。

 この番組を見ていて、私は歯がゆくて歯がゆくてどうしようもなかった。

 「『買収からの企業防衛のため、安定的な個人株主を育成』だって!? もう既にいるじゃないかどの企業にも! 最も安定的で! 最も信頼できる! 最も頼もしい個人株主候補が! 自社の従業員という最強の株主候補が!!!」(続く)