記事一覧

佐高信らの姑息さ

 (前回からの続き)この一事を見ても、佐高たち戦後日本の護憲派どもが、いかに姑息な根性の持ち主たちばかりであるか、実によく分かろうというものである。

 なにしろこの『東洋大日本国憲按』、その第七〇条から第七二条までは、明らかに三ヶ条ワンセットで初めて意味を持つ構成になっているのが、改めて全文を読み返してみれば実によく分かるのだから。

 考えてみれば当然のことであろう。

 なんの武器も持たない一般市民がやれ抵抗だの革命だのといくら騒いだところで、それだけでは「国内最強の暴力装置」たる国家権力に対し、なんの圧力も与え得ないことは火をみるよりも明らかではないか。『抵抗権』も『革命権』も、それだけでは何の意味も持たない。『武装権』と合わせた三位一体となったときに初めて、真に実効性のある権利にそれらはなり得るのである。

 ところが佐高ら護憲派どもが、植木私案を紹介するときにはいつも三権のうち『武装権』だけを隠蔽しやがるのである!

 なるほど、確かに「兵器ヲ以ッテ之ニ攻スルコト」などという条文は、現行憲法九条を神の託言のごとく崇拝する輩にとって都合の悪いこと甚だしいのは事実だろう。しかしだからといって、本来密接不可分なはずの三ヶ条の、一ヶ条だけをこっそり隠蔽するなど、やり方としてあまりに姑息すぎる。『武装権』なき『抵抗権』と『革命権』だと? 貴様らクソサヨどもは、民衆をなんの武器も持たない丸腰のまま国家権力の銃口の前に立ちはだからせるつもりか! それもガンジーのように自ら先頭に立つならまだしも、テメエらは安全な後方で無責任なアジ文章を書き散らしてばかりいるくせに! 

 「非武装中立」とかいう、テメエらの自分勝手な妄想のために民衆を実験台にするのもいい加減にしろ! 国民の命をなんだと思ってやがるんだこのクソ虫どもは! 

 と、馬鹿サヨどもへの鉄槌はこのくらいにして(笑)。

 この植木私案第七一条の元ネタが、アメリカ合衆国憲法修正第二条であることは、勘の良い読者ならすぐお分かりになったことと思う。

 第二条 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、および携帯する権利は、これを侵してはならない。

 銃社会アメリカを象徴する、実に有名な一文である。

 最近(註:2006年当時)『週刊金曜日』でこうしたアメリカの銃社会を批判する一文のなかに「社会が開けきったこの時代に、なんで未だに民兵が必要なのだ?」という意味の、いかにもこの条文を嘲ったようなものが載っていたが、馬鹿丸出しとはまさにこの執筆者のような輩のことを指すのだろう。

 どうやらこいつは、民兵にとって最大の仮想敵は、自分の属する州の州軍であるという一番基本的な事実を知らないらしい。ということは当然、アメリカ各州の州軍にとって、最大の仮想敵は合衆国軍であるという事すらも全く知らないのだろう。そしてそれは、何も『週刊金曜日』の読者や執筆者だけではない。日本人のほぼ全員についても同じことが言えるだろう事が、まことに情けないことにこの国の現実なのである。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント