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「政教分離」で「非宗教」を排除?

 (前回からの続き)

 そう、もうお分かりでしょう。

 皆さんご存知のとおり、戦前日本政府の公式見解は「神社非宗教論」すなわち神道とは「朝廷ノ治教」か「祭天ノ古俗」、または「伝統ニ基ヅケル国民的儀礼」といったようなものであり、仏教やキリスト教といった他の宗教と同列に置けるようなものでは全くない、単なる世俗的な国民精神とか道徳といったようなものでしかなかったのである。

 確かに明治維新当初においては、幕末期から活動していた大国隆正ら平田派の国学者を中心とする神道家たちの周旋により『大教宣布の詔』が発布され『神祇官』という官庁が置かれるなど、神道国教化への動きが活発だった時期もある。

 だがそうした運動は、島崎藤村『夜明け前』などにも描かれている通り、僅か五・六年の内にたちまち頓挫し、明治政府は、大久保利通ら西洋近代合理主義(に基づく実質政教分離)派によって運営されていくことになったのは歴史に記されている通りである。

 彼らは、全国の官国幣社をまるで役所の末端組織でもあるかのように扱った。わずかばかりの公費と引き換えに「(神道は宗教ではないのだから)神主は布教・説法・神葬祭などの宗教活動は一切行ってはならぬ。ただ儀式典礼の執行のみに専念せよ」などと命令したり、ひどい時には「神社とは外国でいうメモリアルホール、すなわち天皇や皇族または国家社会に特に功績のあった者などを表敬する国家的記念堂に過ぎない」などと放言し、全国の敬虔な神道家たちから猛反発を受けたりもしていたのだ。

(この辺りの事情については、1987年に初版が出、2006年に神社新報社から新装版が出版された葦津珍彦著『国家神道とは何だったのか』に非常に上手くまとめられているので是非一読して欲しい。「『国家神道』が戦争を引き起こした」などとする戦後日本〈世界?〉の常識が、いかに虚偽と欺瞞に満ちたデマゴギーであったかが実に良く理解できる)

 それはさておき。

 と、言うことはだ。

 貴方がただ、戦前的な「国家神道」を復活させたいだけなら、何も憲法二〇条を改正するまでもない。「『国家神道』は宗教ではない」のだから、いくら公人の立場で靖国神社に参拝しようが、いくら大嘗祭に公費を注ぎ込もうが「政教分離」原則には、なんら抵触することはないのである。誰に何と言われようが、ただ粛々と、ニ礼二拍手の参拝を行えば良いだけの話だ。

 が、しかし。

 確信的な、宗教としての「神道」を信仰する私のような者にとっては、それだけではどうも釈然としない気分が残るのもまた事実なのである。

〈続く〉
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