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『連邦体験』が生んだ知恵

  元々ヨーロッパでは、複数の国家が合邦して一つの連邦国家を作ったり、逆に連邦が解散して複数の国家に(平和的・合法的に)分裂したりといったことは、歴史上何度も繰り返されてきたごく普通の経験である。

 合邦のパターンにも色々あるが、典型的なものの一つに、合邦する複数の国家間で『連邦条約』とでも言うべきものを結び、合邦後は、その条約がそのまま新連邦国家の憲法になってしまう、というものがある(例・アメリカ合衆国憲法。その改正条項を見れば、この憲法の本質が『五〇州連邦条約』とでも呼ぶべき性質のものであることがハッキリと分かる)。

 リアルな合邦の経験に乏しい我々日本人にはいまいちピンと来ない感覚だが、とにかくそんな訳でEU諸国のこうした『主権制限』条項も、彼らにとっては、それほど突拍子もないことではないらしい。

 ただし勿論、それは無前提に制限されるものでは絶対にあり得ない。

 彼らが『主権制限』の条件として絶対に譲らないもの、それは「相互的(ドイツ)」「他方の当事国によるその施行の留保のもとに(フランス)」「他国とお互いに等しい条件の下に(イタリア)」ということ、すなわち「条約に参加する相手国もまた、自国と同程度の主権制限に同意せよ」という相互性・対等性・平等性の担保であり、その条件が満たされる限りにおいての「主権制限への同意」ということなのである。

 ではこの「連邦体験者の知恵」を、我が国の憲法に導入すればどうなるのか。例えば次のような条文が考えられよう。

 改正第九八条第二項案
 慣習として確立された国際法ならびに日本国が締結した条約および国際協定は、相手の当事国においても同じ条件で施行される限りにおいて、法律に優先して遵守されなければならない。

 改正第九八条第三項案
日本国は、他国と互いに等しい条件が保障される限りにおいて、国際社会の平和と安全とを確保するために、国際的に協調して行われる活動に参加するための主権の制限に同意する。


 これにより、我が九条私案では保障しきれなかった集団自衛権を「他国と対等平等な条件の下での主権制限=憲法超越」という形で確保できるのである。

 しかもこの条文には、親米ポチ保守どもに対する極めて巧妙な罠が仕掛けられていることに、読者諸兄はお気付きであろうか?

 そう!

 『相互性』と『対等性』とが条約遵守と主権制限の条件である以上、少しも『対等平等』ではない日米安全保障条約など、この憲法が施行された途端、ただちにその効力を失ってしまうのである!

(この章終わり。新章は明後日から開始します)
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