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首相公選制反対論の検証

 前回、ついに私は、自らが首相公選制論者であることを暴露してしまった。

 そして予想どおりではあったが、本連載(2005年当時、この小論を連載していた紙上でのこと)に対する読者の批判も、今までで一番激しいものとなってしまった。

 「やれ『革命』だの『抵抗』だの、保守派にしてはやけに物騒な言葉ばかり使う奴だなと思っていたら貴様、やっぱり共和主義者だったんだな! この売国奴め! 天誅を加えてやる!」などと言う阿呆はさすがにいなかったが(笑)「いくら『日本の元首は天皇である』の一文を盛り込みたいからといって、そのための手段として国体を危うくする制度を導入しようなどとは、本末転倒も甚だしい!」という御叱りの声はかなりあったので、ここで改めて検証し直してみたい。首相公選制とは、そんなにも日本の国柄とは相容れない、危険な制度なのか。

 前回も少し紹介した、日本会議新憲法研究会編集の『新憲法のすすめ―日本再生のために』(明成社)では、首相公選制に対し、大体次ぎのような反対意見が述べられている。

① 国民が常に公益性の見地から正しい判断をするとは限らず、単なる人気投票に堕する恐れがある。
② 首相の民主的正当性が高くなるあまり、その強力なリーダーシップが暴走し、独裁政治に陥る危険がある。
③ 首相公選制は実質的な大統領制であり、根本的に日本の皇室伝統とは相容れない。


 おそらく世間一般での首相公選制批判も、ほぼこの3つに集約されるものと思われる。

 ここで私はまず、前記のうち①と②を「政体論的批判論(=政府の運営技術レベルからの批判)」とし、③を「国体論的批判論(=国の根本的な有り様レベルからの批判)」として分けて考えてみたいと思う。

 多くの愛国者諸氏にとって、まず何よりも問題とされるのは、当然ながら③の「国体論的批判論」についてだろう。

 「『首相公選制』とは、実質『大統領制』のことである。『大統領制』とは本来、君主のいない国において、それに代わる国家元首を生み出すために作られた制度であり、そもそもが立憲君主制国家である日本には、必要のないものだ」

 愛国者諸氏の多数は、大体右のように考えているものと思われる。そこで私は、逆に是非、皆さんに聞いてみたいのである。

 「何故、首相を直接選挙で選ぶことが、即大統領制につながるのですか?」と。

(続く)
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