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自民党の新憲法草案

 八月二日(註:2005年当時)、自民党の憲法調査会が、憲法改正の草案を、初めて条文の形式で発表した。

 朝日新聞にその全文が掲載されていたのでざっと目を通してみたのだが……ま、改めて言うべきことも特にないだろう。

 「ポツダム改憲」などと揶揄する言葉が、既に弊紙上(註:当時この小論を連載していた新聞)でも何度か使われていることからも窺えるように、現在の親米自民党政権に、真にわが国の歴史・伝統・文化を反映した自主憲法など、到底作成できるわけがないことくらい、始めから分かりきったことだったのだから。

 実際私も、今回の改憲では、最低限、九条二項と九六条の改正さえ出来ればそれで良いと始めから考えていたし、事実、今回の自民党草案でも、その二項以外に目立った改正箇所といえば、七六条(軍事裁判所関係)と二十条および八九条(「社会的儀礼の範囲内」という表現による政教分離規定の例外措置)(※1)、そして権利条項における「公共の福祉」という言葉を全て「公益および公の秩序」に書き換えたことくらいで、私なんかはむしろ「こんなに改正箇所が少なくていいのか? これでは逆に、『押し付け憲法』の名の下にその正統性を否定し続けてきた現行占領憲法を、追認することにもなりかねないぞ!?」などと心配になるくらいである。だが、国民世論の動きや、民主党との改正案のすり合わせなどを考えると、これが精一杯の改正案だったんだろうなあ等とも思わずにはいられない(※2)。

 それはさておき、本紙を購読しておられるような愛国者または保守派の方々にとっては、今回の自民党案でもっとも不平のある箇所といえば、なんといっても第一章の天皇条項、そこに「元首」という言葉が出てこなかったという一点に尽きるであろう。

(続く。但し以下に注記あり)

※1  自覚的・確信的神道信者である私の立場から見れば、この表現には正直、複雑な感情を抱かないではいられない。
    このような定義の下で、国家行事内における神道的儀礼を復活させてしまったのでは、「国家神道は宗教ではない」式に、逆に神道儀式の宗教性が失われてしまう危険がありはしないか?

※2 勿論、細かいことを言えば色々怪しげなところはたくさんある。例えば

① 「公の秩序」といっても、その中身は一体誰が決めるのか?

② 「裁判官の報酬を、例外的にせよ削減することができる」としたのでは、ただでさえ形骸化している司法の独立性がますます失われるのではないか?

③ 地方自治に関する条文がやたら増えているが、その中身たるや殆どが現行地方自治法からの引き写しで、憲法条文にする意味が全然ないんじゃないか?

④ 「両院議員それぞれの三分の二以上の賛成があれば、国民投票にかけなくてもこの憲法を改正できる」とした読売試案の規定をなぜ削除したのか?

 などである。
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