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「国民」の怖さを知る者

 前回までは「自分たちは安全地帯に閉じこもりながら、口先では『愛国心』だのなんだのと好戦的言辞を吐いて国民を戦争に駆り立てる、現代の日米両国の政治家」に対し、第一次世界大戦時のイギリス貴族がいかに愚直なまでに『ノーブレス・オブリーシュ=高貴なるがゆえの義務』を実践していたかを説明した。といっても、それは「現代の政治家に比べ、かつてのイギリス貴族の道徳性がいかに高かったか」などという馬鹿げた比較論を展開するためでは勿論ない。

 だいたいアイルランドの『ジャガイモ飢饉』におけるイギリス貴族たちの冷酷な振る舞いや、インド植民地統治時代におけるエゲツナイ搾取の数々、そして有名なアヘン戦争の開戦にまで持ち込むときの汚いやり口等々、イギリス貴族というものがそもそもどんな存在であるのか、歴史はむしろ「高い道徳性」とは全く逆の証拠を、山のように示してくれているではないか。

 では、そのように陋劣な行動様式を持つイギリス貴族が、何故よりにもよって戦場においてだけ、そのような勇敢さを示すことができるのだろうか。それが前回の最後でチラリと述べた「階級闘争」の意志ということである。

 言うまでもなく、イギリスは世界で最も早く、市民革命が勃発した国である。

 だからこそイギリス貴族は、世界中の為政者のなかで誰よりも早く、近代「国民」という存在の怖さについて、思い知らざるを得ない立場にあったのだ。

 単なる「隷従者」の地位を離れ、「国民」となった民衆たち。自らの権利を主張し、国政にもどんどん口出しするようになり、しかも一たび為政者たちが何か悪政を仕出かそうものなら、ただちに容赦なき革命家となって反逆の牙を向けてくる危険な諸刃の剣。
しかし、かと言って今さら元の従順な「羊の民」に民衆を戻すわけにもいかない。最も恐ろしい「革命予備軍」は、同時に最も頼もしい「近代国民軍」なのでもあり、彼らの力なかりせば、もはやイギリスは、帝国主義戦争に打ち勝つことも出来ず、海外植民地を維持することさえ覚束ない有様になってしまっていたのだ。

 では、そのいつ革命を引き起こすか分からない「国民」を押さえつけ、自らの階級支配を維持し続けるためには、一体どうすれば良いのか。

 この問いに対する彼らイギリス貴族が下した答えは、実に単純にして壮絶なものであった。

 「庶民が勇敢な『国民』戦士となって貴族に歯向かおうとするのなら、我ら貴族は彼らよりもさらに一段と勇敢な『勇士』となって、彼らの抵抗に立ち向かうしかない!」

 そう。

 彼らが愚直なまでに「ノーブレス・オブリーシュ」を実践し、戦場においては誰よりも真っ先に危地に飛び込もうとするのは、「国民」以上にさらに勇敢な戦士へと自らを鍛え上げることによって革命軍に対抗し、自らの支配者としての地位を、維持するための方策だったのだ!

 現在でもイギリスでは、貴族の青年と庶民の青年が一対一で勝負すれば、殴り合いでも剣戟でもチェスゲームでも、何をやっても庶民の側には全く勝ち目がないという。つまりそれだけ鍛えられ方が庶民と貴族では全然違うということであり、そんな猛訓練に耐えられるのも、それに自らの階級の支配権の維持がかかっているとの自覚が、彼らのなかにはっきりとあるからなのだ。

 だからイギリス貴族は恐ろしいのである。

 だからイギリスは、今でも最も強固な階級社会を維持できているのである。

 イギリスが、いまや世界で最も革命を起こしにくい国になっているのは、つまりはそういう、支配者側の「覚悟」にあるのだ。

(続く)
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