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恐るべきイギリス貴族!

 「ノーブレス・オブリーシュ」という言葉がある。

 塩野七生の本の読者ならお馴染みの言葉かも知れないが、要するに「高貴なるがゆえの義務(=貴族など、高い身分に生まれてきた者は、与えられたその特権に相応しい、特別な義務を果たさなければならない)という、古代ローマ時代からヨーロッパ貴族の間で代々継承されてきている、一種の道徳律のことだ。

 具体的に言えば、その義務とは「戦場においては、支配階級=戦争責任者である将校(=貴族)が必ず最前線に立ち、危険な場所へは、誰よりも真っ先に突入しなければならない」ということであり、つまり先ほど述べた現代の日本やアメリカの政治家(そして田中芳樹の小説の悪役〈笑〉)とは、全く正反対の振る舞いということになる。

 「まっさかあ。貴族のボンボンに、そんな勇敢な行動が取れるわけないじゃん。どうせ口先だけのタテマエなんだろ? 権力者のやることなんて、古今東西どこだって同じさ」

 そう思われる読者諸氏も大勢おられよう。だがその方々は、次のような例をどう思われるか?

 昔のイギリスの貴族社会を描いた映画や小説に、黒づくめの服を着て眼鏡をかけた、やけに神経質そうな年嵩の女性(そう、例えていえばロッテンマイヤー婦人みたいな〈笑〉)が、貴族の子供たちの家庭教師として出てくるのをよく見かけることがあるだろう。

 現代日本のように非婚化が進んでいる時代ではない。あの女性たちは、なぜいい年齢をして結婚もせずに、自分で仕事を続けているのだろう? 「貴族の家庭教師」が勤まるくらいなのだから、相当に知性も教養もある、良家の子女の出であるはずなのに。

 答え。

 結婚しようにも、その相手となる同世代・同階級の男が物理的に存在しないから。

 階級社会であるイギリスのことだから、婚姻は当然、同階級の間で行われなければならない。だが本来、彼女たちの夫となるはずだった一九世紀末期頃生まれの貴族・準貴族(ジェントリー)出身の男たちは、そのことごとくが第一次世界大戦に将校として出征。見事一世代丸々、きれいさっぱり消えて無くなってしまったのである! ノーブレス・オブリーシュを本気で実践したがために!

 誰も彼もが、率先して最も危険な戦場に飛び出していったがために! 遠い大昔の古代帝国の話ではない。二十世紀のイギリスで、実際に起こった話なのだ!

 少なくともイギリス貴族にとっては、「ノーブレス・オブリーシュ」が単なるタテマエでないことはこの事実からも明白だろう。彼らの間では、今も間違いなく生きた道徳律としてその行動を縛り続けているのだ。

 しかしイギリス貴族も世襲制である以上、彼らの中にだって臆病者や卑劣漢はいたはずである。単なる義務感だけで、一国一世代一階級の男達全員が戦死の道を選ぶようなまねが出来るものだろうか? 

 そう。

 そこには単なる道徳律だけでは収まりきれない、驚くべき「階級闘争」の意志が働いていたのである。

(続く)
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