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護憲派が共闘を呼びかけてきた!(2)

 この大塚氏が提案したような逆説的な憲法利用が、一定の効力を持ちえた時代も確かにあっただろう。たとえば湾岸戦争の頃なら、まだ冷戦が終了して間もない時期でもあり、国民の間の、占領憲法への幻想もまだまだ無視できないほど強固なものであったと言える。

 しかし、いかなる幻想も永遠のものではありえない。たとえそれが「平和を心から願う憲法幻想」であったとしてもだ。

 ここで突然だが、「憲法は成文法ではなく、本質的には慣習法である」という憲法学の基本を思い出してもらいたい。 

 『新現実』VOL2にも登場している宮台真司氏の師匠、小室直樹氏は、その著『痛快! 憲法学』(集英社インターナショナル)の中で次のように述べておられる。

 (戦前のドイツ・ワイマール共和国の議会が、全権委任法によってヒトラーに立法権を譲り渡してしまったことについて)

 「憲法学者は、『全権委任法はワイマール憲法違反だから、無効である』とは考えない」

 「実際のところ、違憲だろうが何だろうが、現実にこの法律によってヒトラーはドイツの独裁者になっているのですから、そんな議論は無意味です」

 「ですから憲法の専門家は『1933年3月23日をもって、ワイマール憲法は死んだ』と考える。ヒトラーはワイマール憲法を一度も廃止していないけれども、この日、ワイマール憲法は事実上、廃止されたと見るのです」

(中略)

 「しかし、たとえ『憲法』と題された法律があったとしても、憲法は本質的に慣習法なのです。大事なのは法の文面ではなく、慣習にあるのです」

 「つまり、たとえ憲法が廃止されなくても、憲法の精神が無視されているのであれば、その憲法は実質的な効力を失った、つまり『死んでいる』と見るのが憲法学の考え方なのです」

 このような考え方も含めて、「占領憲法など改正するまでもなく、すでに失効している」「いやそもそも、この憲法自体最初から無効だったのだ」という主張が、我々改憲派の中には昔から根強くある。たとえば先の小室直樹氏は、同著の中で「田中角栄への有罪判決をもって、日本国憲法は死んだ」と主張しておられるし、(今となっては信じられないことだが)一水会の鈴木邦男も、かつて自著のなかで「昭和二十六年の占領終了をもって占領憲法は失効した」という主張をしていたことがある。

 だがそれら「個々人の考え」レベルのどれとも決定的に質の異なる、とてつもない事態がつい最近(2003年当時)起こったことに、皆さんは気付いておられるだろうか?

(続く)
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