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わが前文私案解説(その2)

 続いて本私案では、「平成○○年~」以下の一文で、この憲法がいつ、誰の手によって、どのような根拠によって制定されたのかを明確にし、しかもそれは、日本国民による自由な選択の結果であることをはっきりと示している。

 すなわち小林節流「合法改憲論」の明文化だが、これについては、最近少し考えていることがある。

 近頃は憲法改正の機がいよいよ熟してきたとかで、世間では改憲派の意気もますます軒昂になってきているようだが、実はそれに対する護憲派からの抵抗も、『世界』や『赤旗』『週刊金曜日』などを見る限りでは、ますます熾烈に、ヒステリックなものになってきつつあるようである。衰えたりとはいえ、奴ら護憲派どもの力も、まだまだ決して侮ったものではないのだ。

 以前、書いた事だが、私も元来、鈴木顧問や福田恆存と同じ「占領憲法失効論」派であり、実際の行動においては、石原慎太郎東京都知事(注:2004年当時)の唱える「衆議院の通常採決による、憲法破棄議決」案を支持する立場であった。  

 だが、最近の奴ら護憲派どもの、悲壮なまでの「改憲反対!」言動を見るにつけ「こりゃ後々のことを考えれば、少々の論理的矛盾は覚悟のうえでも『合法改憲』でいくしかないな」と思うようになった。

 考えてもみたまえ。

 もし石原流の強行採決で自主憲法制定がなったとしよう。未だマスコミ・教育両業界に根強く居座る奴ら護憲派どもが、それに対しどう反応するか。

 「無法な手続きによってでっち上げられた『新憲法』など無効だ! 『平和憲法』はまだ生きている!」と、こう来るに違いないではないか!

 確かに現行憲法の改正規定はとてつもなく難しい。また、その手続きに従うことは「法の連続性」という面からも問題がある。

 しかし、骨法の堀辺正史師範の言葉ではないが「自分に対して不公平な状況を、そうと知りながらあえて挑戦し、乗り越えてきたものこそが真の英雄になれる」という考え方もある。

 かのソ連崩壊時、バルト三国の独立があんなに早々と国際社会から承認されたのも、旧ソ連憲法の分離規定にあった「有権者の四分の三以上の有効投票」だの「有効投票数の三分の二以上の賛成」だのといった「分離独立など許さん!」と言わんばかりの意地悪極まりない規定を、国民投票による正攻法で、正面から次々と突破していった実績が認められたから、という一面もあるのだ。

 ましてや現行憲法の改正規定のなかには、直接国民投票がある! いかに頑固な護憲派といえど、直接国民投票の結果を正面きって否定することなど、普通の神経の持ち主ではまず出来まい(まあそれでも実際には「有権者総数の過半数の賛成がないから改憲は否決された!」とか「『平和憲法三原則』が正しく護持されてないから、この改憲投票は無効だ!」とか言い張りそうだけどなw)。

(続く)
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