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「民族主権説」の有効性

 先々月(注:2004年当時)の講演会の講師として来られた小林節・慶応大学教授は、ご自身の唱えられる新憲法の主権者として「それは民族の主体としての国民にあり」とする独自の「民族主権説」とでも称すべき新説を提示された。

 憲法改正が、いよいよ現実の政治日程にのぼりつつあり、しかもそこでは我々の本来的主張である「天皇主権の復活」がまともに取り上げられる可能性はほとんど期待できない現在、この「民族主権説」は、現政府権力がおそらくは無意識的に想定しているであろう「法人主権説(=官僚主権説)」に対抗し得る、有力な主張となりえるであろうか。

 ざっと見たところ、この「民族主権説」には、次のような長所を見出すことができる。

① 条件付きとはいえ、一応「国民主権」を謳っている以上、3回前までのこのブログで我々が展開してきたような回りくどい論理を取る必要がなく、欧米のスタンダードな憲法と同様、ストレートに「国民からの統治権力への命令」という体裁を取ることができる。

② しかしそれは現行憲法のような、日本国籍さえ持っていれば、あるいは生物学上の「ヒト」でありさえすれば誰でも無条件に主権者足りうる、とするようないい加減なものではなく、「民族の主体」すなわち「日本の歴史と伝統と文化」を体得し、それを尊重する「日本国民」のみが主権者足りうる、と条件付けすることで、卑劣な反日分子や、道徳性のカケラもない人獣どもが政権中枢に入り込む危険性をあらかじめ排除することができる。

 だがその一方、次のような短所があることも否定できない。

① いかに「日本の歴史と伝統と文化」にケツ持ちされているとはいえ、現実にただの一度も暴力革命に成功したことのない「国 民」の命令など、果たして「リヴァイアサン」たる近代国家権力が素直に聞き入れたりするだろうか?

② そもそも「日本の歴史と伝統と文化」の中身がはっきりしていない。そこが曖昧なままだと、結局ときの権力者や官僚が恣意的に「日本の歴史と伝統と文化」の内容を決めてしまい、「お前はこの基準に合ってないから主権者じゃない。よって我々権力者は、お前の命令には従わない」ということにもなってしまいかねない。また、何をもってすればその者は「日本の歴史と伝統と文化を体得し、それを尊重する主権者」であると見なしうるのか、その判断基準もはっきりしない。

 ともあれ、我々の本命である「天皇主権説」に基づく新憲法が実現する可能性はまだ当分ありそうにもない以上、ここはひとまず次善策として、この小林節先生の「民族主権説」を支持することとし、ではこの説に基づいて作られる新憲法の前文とはどのようなものになり得るのか、前述したこの説の長所と短所もきちんと考慮に入れた上で次回以降に論考してみたいと思う。

 (なお、「天皇主権説」が新憲法に採用された場合は、前文の役目は明治憲法と同様、天皇の詔勅が果たすことになると推測されるので、あえて憲法本体に前文を入れる必要はなくなると思われる)

(続く)
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