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「法人主権説」の正体

そもそも法人主権説とは、一体どのような学説なのだろうか?

 勘の良い読者の中には、この「法人」という言葉を聞いて、戦前の「天皇機関説」を連想された方もおられるかもしれない。

 そう、まさにそのとおり!

 この「法人主権説」とは、「天皇機関説」の論理をそっくりそのまま主権論に流用してきただけのシロモノでしかないのだ!

 すなわち、国家を一つの法人と見なし、天皇でも国民でもなく、この法人にこそ日本国の主権が宿るとする。そして天皇も内閣も議会も裁判所も、全ての役所はこの法人内の一機関としてのみその権力を行使できる――改憲はしたいが、ストレートに「天皇主権の復活」を口にすることにはためらいのある保守穏健派層にとって、これは極めて魅力的な学説に映るのであろう。ひょっとすると、以前に私が指摘していた「誰が主語なのかはっきりしない『国民会議』の新憲法案」というのも、実はこの「法人主権説」を暗黙の前提にしているのかもしれない。

だがはっきり言おう。

 一見中道的で、至極穏当に思えるこの「法人主権説」こそ、実は「国民主権説」よりもはるかに性質の悪い、最悪の主権説だ、と。

 ここでまたまた急に話が変わるが、本沢二郎という人物がいる。
 これまで『小沢一郎・日本改造計画の危険性』『平成の妖怪中曽根康弘の大野望』『純ちゃん、間違ってませんか?』といった類の著書をものにし、典型的な護憲派&戦後民主主義擁護の立場から戦後保守政治をこっぴどく批判し続けてきた、辛口の政治評論家である。

 その彼の代表的な著書の一つに『天皇の官僚』(データハウス)というのがある。

 現代日本の官僚がいかに腐敗堕落しているか、その様々な実例を挙げつつ「ではなぜ日本の官僚は、こんなにも傲慢で、且つ頽廃してしまったのか。それは彼らが、未だに憲法に定められた『パブリック・サーバント=公僕=国民の下僕』という下位者意識を持てないばかりか、逆に『自分たちは天皇の臣僚であり、エリートである』という思い上がった上位者意識を持ったままだからだ」というのが、要するにこの本の結論である。

 この決め付けが全くのデタラメであることは、日本の近代史に多少なりとも詳しい者なら、すぐに分かることであろう。

 もし「天皇の官僚」という意識を持っていることが官僚腐敗の原因であるのなら、戦前の官僚のほうが、戦後よりはるかにその堕落ぶりは酷かったはずだ。

 しかし、実際は皆さんご存知のとおり。かつて日本の官僚は世界でもまれに見るほどの清廉さで知られており、それが急速に悪化してきたのは八〇年代の、それもバブル経済期以降であることは、常識レベルの知識であろう。

 官僚腐敗のことをいうなら、その元凶はむしろ本沢二郎の言い分とは全く逆。「天皇の官僚」という意識が(八〇年代中頃を最後に)彼らの中から消え失せたことにこそ求められるべきではないのか。

(続く)
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