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天皇恐るべし!

前回では、現行憲法の基本三原則の一つである「国民主権」が、そもそもわが国では成り立ち得ない―わが国の「国体」には馴染まない、などといった曖昧な理由によるものではなく、根本的に実行不可能である→たとえ無理やり憲法の条文に「国民主権」の字句を盛り込んだとしても、それが実現することは絶対にない(論より証拠、戦後日本を見よ!)―ことを論証した。

 さて、「国民主権」が実行不可能ということになると、残された選択肢は今のところ「天皇主権」しかないわけだが(実はもう一つ、第三の主権説とでも言うべき考え方が最近出てきているのだが、これについては後に改めて考察したい)、これは果たしてどうだろうか。

 確かに、妄想の「八月革命」説にでもすがらない限り自らの力を示しようがない日本「国民」などと異なり、「天皇」の御名が統治権力(この場合は「『リヴァイアサン』=近代の統治権力」に限らないが)に対して与えうる破壊力のいかに恐るべきかは、ちょいと歴史を紐解いてみるだけでもゾロゾロと実例を挙げることが出来よう。

 古くは磐井の乱に始まり、大化のクーデター、和気清麻呂の逆転、承平・天慶の乱、平治の乱、湊川の戦い、足利義満の急死、鳥羽・伏見の戦い、さらには近代に入ってから(=権力が「リヴァイアサン」と化してから)も、時の首相だった田中義一が、昭和天皇の一喝ひとつであっさりショック死してしまうなど、その威力の凄まじさを示す例証たるや、まさに枚挙に暇がないほどだ。

 「『リヴァイアサン=統治権力』への命令」という憲法本来の目的から見た場合、その主体として、これほど頼りになる存在は他にない、と言っても言い過ぎではないだろう。

(続く)
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