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『近代の超克』は何時や?

(本文は、平成14年〈キリスト歴2002年〉の12月に発表した文章の再掲です)

 記憶せよ、十二月八日。
 この日世界の歴史あらたまる。
 アングロ・サクソンの主権、
 この日東亜の陸と海とに否定さる。
 否定するものは彼等のジャパン、
 眇たる東海の国にして
 また神の国たる日本なり。
 そを治しめしたまふ明津御神なり。

高村光太郎

  『智恵子抄』で有名な詩人、高村光太郎による昭和16年12月10日の作『十二月八日』である。

 この詩に限らず、『君死にたまふことなかれ』で有名な与謝野晶子や、『橋のない川』で有名な住井すゑなど、この時期に大東亜戦争を礼賛する文章を書き、そのことが後にスキャンダルとされて叩かれた文人は他にも大勢いる。

 「あいつもこいつも、みんな戦争協力者だ! それが戦後は、手のひらを返したようにやれ『平和』だの『民主主義』だのと恥ずかしげもなく唱えてやがる。お前らの言うことなんか、誰が信用するか!」

 当時の、特に教科書に墨塗りなんぞさせられた世代にとっての、これは当然すぎるほどの憤懣ではあったろう。

 しかし、これらの文章の存在をもって彼ら文人を『侵略戦争の協力者』と断罪し、彼らのその文言そのものを真っ向から否定するのは、批判の方向が間違っているのではないか?

 考えても見よ。当時この同じ時代を生きていた人々のリアルタイムな感覚で、高村光太郎のこの詩に表出された感情に同意できない者が果たしてどれほどいたであろうか?

 真珠湾攻撃成功の一報とともに、東條内閣への支持率が一気に90%以上に跳ね上がったという、当時の世論の中でだ。

 そう。

 この詩に描かれた感覚は、明らかに当時の日本国民全般にとって、常識とも言える感覚だったのだ。 

 当時の日本が、国力の違いすぎる(しかもそのことは国民一般にも広く知られていた)アメリカとの開戦にあえて踏み切った理由は何か?

 直接的には石油の禁輸など、いろいろ現実的なものがあるだろう。

 だがそれ以上に、「いつかはアメリカと、雌雄を決しなければならない」という思いが、国民の間に広く潜在していたこととも無関係ではあるまい。

 思えば日本の近代は、日本人自身の意思によって始められたものでは決してなかった。

  キリスト暦1853年、かの有名な「黒船来航」によって近代日本の幕が強引にこじ開けられた時、日本人のほとんどは、たとえそれが歴史的に見て、または国際的に見ていかに避けようのない必然的な宿命だったとしても、そういう理性的な議論とは関係なく、「アメリカにレイプされた」という屈辱的な思いを拭い去ることはできなかっただろう。

 気候温暖にして風光明媚なる敷島の大和の国。この小さな「箱庭天下」の中で、物質的には貧しくとも、平和で美しい生活を営んでいた民族が、「圧倒的軍事力」という、欧米の、「近代」という時代が生み出した怪物による脅しで、いきなり疾風怒濤の世界に引きずり出されたのである。

 そこは殺戮と侵略が全てを支配する弱肉強食の世界。

 自らも近代化し、軍事力の強化に走らなければ決して生き残ることの出来ない阿鼻叫喚の世界。

 しかもそこに生きる人々は、「物質的豊かさ」という麻薬の味まで知ってしまった。

 一度その世界に飛び出した人々にとって、かつてのような素朴な暮らしは、もはや二度と戻ることのできない、昔の夢でしかない……。

 それをやったのはアメリカである。日本をレイプし侮辱したのも、日本の伝統的な暮らしを捨てさせ、麻薬の味を覚えさせて堕落させたのも、「近代化」による軍事力の強化に走らせ、「開発」の名の元に日本の山紫水明なる国土を破壊させたのも、元を正せば全てはアメリカの、ペリー提督の砲艦外交からじゃないか!

 「日本の開国は、攘夷のための開国だ」と言われたのもむべなるかな、である。

 まさに日本は、アメリカを倒すために、「黒船来航」の屈辱を晴らすために自ら「近代化」の渦中に飛び込んでいったのだ!

 日本の近代史とは、「打倒! アメリカ」のための歴史である。

 その大東亜戦争において、日本は確かにアメリカに敗れた。

 武装は解除され、国土はとことん破壊しつくされ、日本は『侵略国』のレッテルを貼られて開国時にも勝る激しい屈辱を受け、しかも国民自らがそのことによる罪悪感に苦しみ続けるよう、徹底的な洗脳工作までなされた。

 だがそれは、心ある日本人にとって、アメリカに対し、晴らすべき恨みがさらに2倍増、3倍増したことに他ならない!

 戦いはまだ、終わってはいないのだ!

 最近、こうした近代日本の持つ宿命的な歴史を忘れ、アメリカのやることにはなんでもかんでも「ご無理ごもっとも」と追従することをもって良しとする恥知らずな輩が、特にこれまで「愛国者」と自称し続けてきた保守派の連中の中に目立って増えてきている。

 日本を犯罪国家とレッテル付けしようとする反日自虐分子の勢力がいかに衰退しようとも、また近頃の若い連中の間で、いかに「プチナショナリズム(『症候群』なんて言うな!)」と呼ばれる感性が広がろうとも、この、小林よしのり氏により「ポチホシュ」という絶妙なネーミングをされた似非愛国者の群れをなんとかしない限り、近代日本がその真の目的を成し遂げ、晴れて近代とオサラバする(=超克する)時は永久に来ないであろう。

 時あたかも12月。61回目の『真珠湾の日』を迎えるにあたり、この近代日本の原点とも言うべき事実を再確認し、今後のわれらの行く末に、はっきりとした指針を示すべく拙文をものした次第である。 

(文責:管理人)

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このエントリーのタグ: 近代 明治維新 対米自立 高村光太郎
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