FC2ブログ

買って応援! 1

↓ ついに出た「日本会議」完全応援本! さあ買って応援しよう!

買って応援! 2

↓ なるか平成最後のミリオンセラー! さあ買って応援しよう! 

FC2からのおすすめ

Googleからのおすすめ

Amazonからのおすすめ

楽天市場からのおすすめ

広  告  1

広  告  2

FC2拍手ランキング

RSS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   

クリスマスと新嘗祭 ―「クリススマス撲滅」は可能か?―(3)

喪われた冬至

クリスマスイルミネーション3

 実は日本にクリスマスが定着したのは、戦後になってからではない。

 新聞などの記録によると、すでに明治の末期には、都市部の中産階級のあいだで、クリスマスは相当に定着した行事になっていたらしい。

 「クリスマスで町が賑わっている(中略)僕は昔森鴎外の即興詩人を読み、大学生や知識階級の人々が、市民に伍して宴会するベニスの謝肉祭を羨望した(中略)然るに今日の日本には、そうした国民的祭日がないのである(中略)サラリーマン等がクリスマスに浮かれるのは、彼らの『失われた祭日』を回復する為の郷愁であり……」

 これは昭和11年(キリスト歴1936年)の東京朝日新聞に載った、萩原朔太郎のコメントである。

 さらにその前、大正7年(キリスト歴1918年)には、森鴎外が知人に宛てた手紙のなかで「元来、クリスマスハ基督教ノ興ルニ先ダチ、ゲルマニア人ノ行ヒシJul(ユール)祭ニシテ、冬至ヲ期トセシモノニ有之、基督教徒ガソレヲ我物顔ニ用シハ、仏教徒ノ本地垂迹説ニ似タル手段ニ過ギズ」と記している。

 そうなのだ。

 太古人類にとって、冬至祭は、全世界共通の祭りだったのだ。

 各民族ごとにやり方の違いはあったにせよ、1年でこの日だけは、世界中の人々が一致して「再生と豊穣の祈り」を、それぞれの神々に捧げていたのだ。

 つまり日本人にとってクリスマスとは、かつてはあったはずの、民族にとっての「喪われた冬至祭」の代償行為だというのが森と萩原の考えのようである。 だが二人とも見落としていることがある。 そもそも日本人にとっての「喪われた冬至祭」とは一体なんだったのか? 

(この記事続く)


↓ いつも応援ありがとうございます。
 
 
関連記事
スポンサーサイト
このエントリーのタグ: クリスマス 新嘗祭 冬至
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。