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クリスマスと新嘗祭 ―「クリススマス撲滅」は可能か?―(2)

クリスマス」の正体

クリスマスイルミネーション2

 そもそも、イエス・キリストの誕生日が12月25日であるなどという話自体、実は根拠の無い俗説にすぎないことをご存知の方もいよう。 

 最近の研究によると、イエスの本当の誕生日は西暦6年、それも季節は秋の、農作物の収穫直後の時期ぐらいだとするのが、最も有力な説となっているそうである。 

 そのせいかどうか、欧米の厳格なピューリタンやキリスト教原理主義者のなかには、クリスマスを祝うどころか、なんとクリスマスなどキリスト教とはなんの関係もない! 罪と冒涜、そして異教徒の愚かさが際立つ日にすぎない!」と、真っ向から否定するような声も少なくないらしい(理由はもちろん、例の「そんなこと聖書のどこにも書いてない!」である)。

 「クリスマス=キリスト教の行事」という日本の一般常識さえ覆されてしまうような話ではないか!

 では一体なぜ、イエス・キリストの誕生日は12月25日だということにされてしまったのか。

 記録によると、ローマ・カトリック教会が12月25日をクリスマスにすると正式決定したのは西暦354年、時のローマ教皇リベリウス一世のときであるが、実際にはそれ以前からこの日をキリストの誕生日として祝う風潮はあったらしく、すでにローマ皇帝コンスタンティヌスの時代には、この日に祭典が行われていたという記録もある。

 しかし一方では3月説・5月説・9月説などもこの頃にはまことしやかに囁かれており、あえて「キリストの誕生日は12月25日!」と強引に「決定」できるような合理的な根拠など、この時代のカトリック教会が持っていたようにはとても見えない。

 では何故、当時のローマカトリック教会は(大した根拠も無いのに)12月25日をイエスの誕生日と「決めつけた」のか。

 実をいうと、その理由は、極めて戦略的かつ謀略的なものであったらしい。

 この時代、ヨーロッパにはまだキリスト教は十分定着したとは言えず、庶民の間では、古代ローマ以来の農耕神であるサトゥルヌス信仰やゲルマン人・ケルト人による古代北欧神話(大神オーディンで有名)の神々への信仰、ペルシャ伝来の光明神ミトラ信仰、エジプト伝来の農耕神イシス信仰など、雑多な土着信仰が根強く生き続けていた。

 しかも不思議とこれらの神々は、みな太陽神か農耕神、もしくはその混交神であり、そのせいかこれらの信仰は皆、1年で最も太陽の力が弱くなる時期=冬至前後に、1年で最大の祭りを行い、再生と豊穣の祈りを捧げるのが、まるで共通項のようになっていたのだ。

 「だからその時期に、自分たちにとって一番大切な祭日をぶつけてやれ! それが異教の重要な祭りを排除する、最も有効な方法だ!!」

 そうはっきりと主張したのは、当時のローマ教会分派の対立法皇ヒッポリトスである。そしてどうやら、主流派のローマ教会も、その考えを取り入れたというのが、クリスマスが12月25日に決定した、事の真相らしいのだ。 全く聖夜もなにも、あったものではない。

(この記事続く)


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