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「リヴァイアサン」に命令?

 以前の本ブログで私は「『新しい憲法をつくる国民会議』の発表した憲法案の前文は、主語が明確になっていない」と指摘していた(新憲法の主体は誰かを参照のこと)。

 つまりこの憲法は、「誰が誰に向けて発した命令」なのか、言い換えれば「この憲法を発した者=この国の主権者」が誰なのか、この憲法案の前文からは読み取れない、と私は言ったのだ。

 ちなみに、旧明治憲法の主語は天皇であった。すなわち天皇が主権者である。

 現行憲法の主語は「日本国民」となっている。すなわち「日本国民」が主権者である。

 では新憲法案は? 『国民会議』の人たちは、新しい憲法下での主権者を、一体誰に想定しているのだろうか?

 ところで急に話は変わるが、最近(注:2004年当時)、宮台真司が、自分の著書の中で、憲法問題について例の口調で「保守オヤジ」達を激しく罵っている。

  「憲法とは、なにか。一口で言えば、〝統治権力に対する市民からの命令〟。統治権力の義務規定です。バカ保守は、憲法が『市民の義務を規定していない』とホザくが死んでいい」(『ニッポン問題』インフォバーン)

 「こういう憲法的原則―国民から統治権力への命令が憲法で、統治権力から国民への命令が法律―を理解する政治家が少なく、日本国憲法には国民の権利ばかりで義務が書かれていないなどというタワゴトをほざく輩がいるほどです」(『アメリカン・ディストピア』春秋社)

 相変わらずの口汚さはともかく、言ってる内容自体はもちろん宮台が正しい。正しいのだが、しかしそうなるとまた別の疑問が湧いてくるのを、憲法や国家権力の問題について根源的に考えている者は、感じないわけにはいかないだろう。

 「そもそも近代の国家権力とは『リヴァイアサン』(最強無敵の怪獣)だったはずだ。そんな化け物に命令したところで、いうことを聞かせることが果たしてできるのか?」

 ここでバカ左翼なら「できるに決まってる。なぜなら国民(または『人民』)が主権者だからだ」とでもホザくのだろう。だが口先だけでいくら「オレ様が主権者だ! ご主人様だ!」とわめき散らしたところで、実力が伴わなければそんなものはただのタワゴトに過ぎない。

 ある家で飼われていたドーベルマンが、ある日、突然狂犬病か何かに罹ったりして、街中で暴れだしたとしよう。そこへたまたま通りかかったその家の五歳の息子が「ボクはお前のご主人様だから言うことを聞け! おとなしくしろ!」と命令したところで、その犬が果たして言うことを聞くだろうか? 逆に息子のほうが噛み殺されてしまいかねない。

 このあたりの機微は、我々よりもむしろ、戦後五十年間にわたり一貫して自民党権力に現行憲法の「絶対平和主義」条項を蹂躙され続け、それを「憲法違反だ! 憲法違反だ!」とあれほど激しく、執拗に、繰り返し繰り返し騒ぎ立てても、なお徹底して無視されるしかなかった左翼のほうが、身にしみて実感している事ではないのか? 「力無き主権者」など、裸の王様よりみっともない、虚しいシロモノでしかないのだ。
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